ポンペイは、現在のイタリア南部にあったローマ時代の都市です。
西暦79年、ヴェスヴィオ山の噴火で埋もれました。
発掘された店や住居からは、災害の前に人々が食べ、働き、家を手入れしていた暮らしが見えてきます。
食事を売る店が街角にあった
ポンペイには、と呼ばれる飲食物を売る店がありました。
石造りのカウンターには、大きな容器が埋め込まれていました。
第5地区で見つかった店には、色鮮やかなカウンターの絵が残っています。
動物や海の神話に関わる図像が描かれ、店の周囲からは食べ物の痕跡や動物の骨も出土しました。
設備と食物の痕跡を合わせることで、そこで飲食物が扱われていたことが分かります。[1]
住居は改修しながら使われていた
オリオンの家は、噴火の時に改修中でした。
家の中には、以前の様式の壁面装飾を残した部分もありました。
住民は、すべてを新しい装飾へ変えるのではなく、古い部分を残しながら家を使っていました。
同じ都市でも、住居の大きさや装飾、修理の進み方は、それぞれ違っていたのです。[1]
噴火の後にも人が戻った
ポンペイが埋もれた後、生き残った人々は、家に戻って財産の一部を回収しました。
その後の時代にも、埋まった都市へ穴やトンネルを掘り、品物を持ち出す人々がいました。
地表の土地は、耕作や埋葬にも使われました。
今見られる遺跡は、噴火の瞬間から誰にも触れられず残ったものではありません。[2]
残ったものから日々の生活を読む
店の容器、食べ物の残り、住居の壁や床は、文字の記録とは違う形で生活を伝えます。
豪華な家だけでなく、働く場所や修理の跡にも、人々の時間が残されています。
ただし、一つの店や一軒の家が、すべての住民の生活を代表するわけではありません。
建物ごとの違いを見比べることで、ローマ時代の都市の暮らしを、より具体的に知ることができます。
出典・参考資料
画像について
AI生成によるイメージです。人物・建築・器物の細部に創作を含みます。
