は、を中心にを治めた王朝です。
主に紀元前2112~2004年頃の時代を指します。
の支配が崩れた後、が再び都市をまとめました。[1][3]
王が各地に神殿を建てる
紀元前2100年頃、ウル・ナンムは南部の都市を治め、各地で神殿を建てました。
ウルだけでなく、やエリドゥ、ニップルにもを造っています。
ジッグラトは、神殿に関わる階段状の大きな台や塔です。[2]
煉瓦に、王の名が残る
ニップルの神殿に使われた煉瓦には、ウル・ナンムの名が刻まれています。
「とアッカドの王」という称号も記されました。
王は神殿を造ることで神への敬意を示し、その仕事を自分の名とともに残したのです。[3]
食料の移動を、粘土板に記す
王朝を支える仕事は、建築だけではありません。
紀元前2029年頃のには、大麦の発送が記録されています。
ウンマという都市から出土した可能性がありますが、出土地は確定していません。[4]
大きな神殿を造る一方で、日々の食料の動きも書き残していました。
王の名を刻んだ煉瓦と、小さな粘土板から、王朝の異なる仕事が見えてきます。
今見える塔は、古代の姿そのままではない
ウルのジッグラトは、上部が失われています。
発掘した研究者は、古代の記述や図像をもとに全体の姿を推定しました。
下部には近代の修復も加わっており、現在の姿には古代の遺構と修復された部分が含まれます。[2]
出典・参考資料
- メトロポリタン美術館・ウル第三王朝の円筒印章 所蔵資料
- メトロポリタン美術館「Ur: The Ziggurat」(2002)
- メトロポリタン美術館・ウル・ナンム銘入り煉瓦 所蔵資料
- メトロポリタン美術館「大麦の発送記録」所蔵資料
