アッカドを題材にしたイメージ

アッカド

アッカド

紀元前2350~2150年頃(採用年代。資料により王の在位年代に差がある)

サルゴンの王権と、都市を越える支配

紀元前24世紀頃、の王は、南部の都市を征服しました。
それまで独立して争っていたの都市は、一人の王の支配下に入ります。
都市ごとの国を越えた、大きな王権が生まれたのです。[1]

サルゴンの後も、支配が広がる

サルゴンの後継者たちも、遠くへ軍を進めました。
の時代には、王朝は強大になります。
アッカドは、複数の都市や地域を治めたことから「帝国」とも呼ばれます。[1]

石碑に描かれた、勝利する王

ナラム・シンの勝利を記念した石碑が、ルーヴル美術館に残っています。
王は角のある冠を着け、兵士とともに山を進む姿で描かれています。
碑文には、山地の人々であるルルビへの勝利が記されています。[2]

これは、王の強さをたたえるための記念碑です。
戦争の様子をそのまま写したものではなく、王が見せたかった姿を伝えています。

首都の場所は、まだ分からない

王朝の中心だった都市アッカドは、アガデとも呼ばれます。
しかし、その所在地はまだ確実には特定されていません。
王の名前や遠征の記録が残っていても、首都の遺跡には未解明な部分があるのです。[1]

王権が弱まり、都市が独立する

後期には王位をめぐる争いが起こり、南部の都市の支配者たちが独立を取り戻しました。
最後の王たちが治める範囲は、アッカド周辺へ縮小していきます。[1]

その後、メソポタミアを再びまとめる王権が、都市から生まれます。
それが、次の記事で扱うです。[3]

出典・参考資料

  1. メトロポリタン美術館「The Akkadian Period (ca. 2350–2150 B.C.)」(2004)
  2. ルーヴル美術館・ナラム・シン勝利碑 所蔵資料SB 4
  3. メトロポリタン美術館・ウル・ナンム銘入り煉瓦 所蔵資料59.41.86

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