エジプト古王国を題材にしたイメージ

古王国

エジプト古王国

紀元前27~22世紀頃(始終年代は資料・区分により差がある)

ピラミッドを支えた建築・食料・王権

ギザの大きなピラミッドは、古代エジプトの時代に造られました。
王の墓を造るには、石を積む技術だけでなく、大勢の人を集めて食料を届ける仕組みが必要でした。
ピラミッドの形と、建設を支えた仕事を見ていきます。

階段状の墓から滑らかなピラミッドへ

第3王朝のジェセル王は、サッカラに階段ピラミッドを造りました。
石でできた建物を段々に積み上げるような形の、大規模な王墓です。

次の第4王朝では、スネフェル王の時代に複数のピラミッドが造られ、斜面が滑らかな形へと変わっていきました。
その後、クフ王、カフラー王、メンカウラー王が、ギザにピラミッドを造ります。[1]

王の墓と神殿を組み合わせる

王の墓は、ピラミッド一つで完結していたわけではありません。
ピラミッドの近くにある葬祭殿、耕作地の端にある河岸神殿、その二つを結ぶ参道などが、組み合わされていました。

こうした場所では、亡くなった王に供物を捧げ、王を祀る活動が続けられました。
ピラミッドは、王の遺体を納める建物であり、その死後の祭祀を支える施設の中心でもありました。[1]

働く人々に食料を届ける

大きな建設現場では、働く人々に毎日食料を届けなければなりません。
王に仕える仕事の配給には、パンやビールが使われていました。

ギザの労働者の居住地では、パンを焼く施設や、大きな焼き型の破片が見つかっています。
これらは、食料をまとめて作り、建設現場へ供給する仕事があったことを示します。
ピラミッドの建設には、石工だけでなく、穀物を集める人や食事を用意する人も関わっていました。[2]

後の王は別の部分にも力を入れる

第5・第6王朝になると、ピラミッド本体は以前より小さくなります。
一方で、付属する神殿や彫刻などに力が注がれました。

また、高官たちも財産や地位を得て、立派な墓を造るようになります。
建物の大きさが変わった背景には、王以外の人々が力を持つようになったことや、資源の使い方の変化がありました。[1]

出典・参考資料

  1. Tara Prakash/メトロポリタン美術館「Egypt in the Old Kingdom (ca. 2649–2130 B.C.)」(2019)
  2. Ancient Egypt Research Associates「Feeding Pyramid Workers」発掘・実験考古学の解説

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