古代文明は、ピラミッドや王の歴史だけではありません。
人々が都市に集まり、仕事を分担し、物や食料を管理する仕組みを育てた歴史でもあります。
都市・文字・国家を手がかりに、その暮らしを見ていきましょう。
文明・国・都市は、それぞれ違う
は地域の名前、はその中にあった都市の名前です。
は南部の地域と文化を指し、は都市名と、そこを拠点に広がった王朝の名前です。
同じ地域に、いくつもの国が並び立つこともありました。[4]
都市が大きくなり、記録が必要になる
紀元前3200年頃、ウルクには大きな建物が造られ、多くの人が暮らしていました。
には、品物の管理や働く人への食料の配給が記されています。
こうした記録に使われた絵のような記号は、後の文字につながりました。[1]
文字が読めなくても、暮らしは調べられる
の文字は、まだ解読が確立していません。
それでも、街路や井戸、排水設備、重りから、都市の暮らしや物の管理を調べられます。
文字の記録と、建物や道具の両方が、古代の社会を知る手がかりです。[3]
文明は「四大文明」だけではない
メソポタミア・エジプト・インダス・中国は、「四大文明」としてよく紹介されます。
しかし、古い都市が育った場所は、そこだけではありません。
南米ペルーのカラルにも、紀元前3千年紀にさかのぼる大規模な建物や広場が残っています。[2]
古代史では、何が残されているかを確かめながら、人々の暮らしをたどります。
次は、ウルクやシュメールが育ったメソポタミアを見ていきましょう。
出典・参考資料
- メトロポリタン美術館「Uruk: The First City」(2003)
- UNESCO世界遺産センター「Sacred City of Caral-Supe」
- Harappa.com「A Brief Introduction to the Ancient Indus Civilization」研究者・発掘プロジェクト資料を掲載する専門サイト
- メトロポリタン美術館「Art of the First Cities」(2003)
