ウマイヤ朝のダマスクスと大モスクを題材にしたイメージ

西アジア

ウマイヤ朝 ― ダマスクスから広がる帝国

661~750年

661年、ムアーウィヤがの支配を築きました。
都はアラビア半島の外、シリアのダマスクスに置かれます。
新しい王朝は、イスラームの共同体を率いるとともに、広い地域を治める帝国として仕組みを整えていきました。
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大西洋からインダス方面まで

ウマイヤ朝の支配は、北アフリカやイベリア半島、中央アジアへ広がりました。
東ではインダス川流域にも進出します。
もともと異なる王朝や宗教のもとにあった土地が、一つの王朝に結ばれたのです。
その広さは、遠征の成功だけでなく、各地を統治する難しさも示しています。
[1]

役所の言葉をそろえる

支配の初期には、以前の東ローマやペルシアの行政を担った人々も引き続き働いていました。
王朝はしだいに、アラビア語を公の行政に使う言葉として広げます。
各地の経験を利用しながら、帝国の共通の仕組みをつくろうとしたのです。
[2][1]

大モスクに残る技術の交流

ダマスクスの大モスクには、石の建築やモザイクなど、地中海世界で育った技術が取り入れられました。
新しい信仰の建物が、それまでの職人の技術を用いて造られたのです。
初期イスラームの美術は、周辺の文化を受け継ぎながら独自の形を整えていきました。
[1]

支配の拡大と信仰の広がり

領土がイスラームの王朝の支配に入っても、住民全員がすぐに改宗したわけではありません。
さまざまな信仰の人々が暮らし続けました。
また、アラブ人を優先する支配への不満は、新しくイスラームを受け入れた人々にも広がります。
こうした対立を背景に、750年、アッバース朝が新しい王朝となりました。
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出典・参考資料

  1. メトロポリタン美術館「The Art of the Umayyad Period (661–750)」
  2. OpenStax「The Arab-Islamic Conquests and the First Islamic States」
  3. OpenStax「Islamization and Religious Rule under Islam」
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