7世紀初め、アラビア半島のメッカで、ムハンマドが唯一の神への信仰を説き始めました。
のちにイスラームとして広がる教えです。
その歩みを理解するには、信仰の内容とともに、教えを受け入れた人々がどのように共同体をつくったかを見る必要があります。
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さまざまな信仰があったアラビア
当時のアラビアには、多くの神々への信仰だけでなく、ユダヤ教やキリスト教の共同体もありました。
イスラームの伝承では、ムハンマドは610年頃から神の啓示を受けたとされます。
唯一の神を信じる教えは、既存の信仰やメッカの有力者との関係に変化をもたらしました。
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622年の移住が転機になる
メッカで圧迫を受けたムハンマドと支持者たちは、622年にメディナへ移りました。
この移住をと呼びます。
メディナは当時ヤスリブとも呼ばれた町です。
信仰を続ける場所を変えたこの出来事が、イスラーム暦の元年になりました。
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信仰で結びつく共同体
メディナでは、ムハンマドが宗教だけでなく、人々の間の取り決めや政治にも関わりました。
と呼ばれる共同体は、出身の部族だけに頼らないつながりを育てます。
632年にムハンマドが亡くなると、共同体を誰が率いるかが大きな課題になりました。
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伝承と史料から始まりを読む
初期イスラームについては、後世にまとめられた伝承と、当時のクルアーンや碑文、貨幣などを照らし合わせて研究が進められています。
教えと共同体が最初から完成した形で存在したと考えるより、どのように形を整えたかをたどると、その後の歴史につながります。
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