カール大帝の時代のアーヘンと宮廷の学問を題材にしたイメージ

ヨーロッパ

カール大帝とフランク王国 ― 西ヨーロッパに生まれた皇帝

768~814年

768年にフランクの王となったは、各地へ遠征し、西ヨーロッパに大きな領土を築きました。
800年のクリスマスには、ローマで教皇レオ3世から皇帝の冠を受けます。
西ローマ帝国の終焉から長い時間を経て、西側に新たな皇帝が現れた出来事でした。
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広い領土を信仰で結ぶ

カールの支配は、イタリアから北海、英仏海峡からエルベ川に及びました。
さまざまな地域を治めるなかで、キリスト教の教会との結びつきを強めます。
800年の戴冠は、教皇が皇帝の保護を求める一方、カールがローマの権威を受け継ごうとする関係を示しました。
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アーヘンに造られた礼拝堂

カールが好んで滞在したのが、現在のドイツ西端のアーヘンです。
ここには、8世紀末から9世紀初めに宮廷礼拝堂が造られました。
八角形の中心部とドームをもつ建物は、東ローマの教会建築にも影響を受けています。
遠い地域の建築を学び、王の拠点に取り入れたのです。
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書物と学問を整える

宮廷や教会では、教育の水準を高め、ラテン語で学ぶ文化を整える取り組みが進みました。
聖書や学問の書物は手で書き写され、装飾を施した本も造られます。
この文化の再興を、カロリング・ルネサンスと呼びます。
領土をまとめる仕事には、言葉や知識を共有することも含まれていました。
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建物から見えるローマの継承

アーヘンの礼拝堂には、古代の建物に使われた柱も取り入れられています。
古い権威を新しい王国へ結びつける考えは、冠だけでなく、建築にも表れました。
カールは814年に亡くなり、ここに葬られます。
現在の大聖堂は後世の増築も含むため、当初の八角形の部分に注目すると、彼の時代を見分けやすくなります。
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出典・参考資料

  1. メトロポリタン美術館「Carolingian Art」
  2. ユネスコ世界遺産センター「Aachen Cathedral」
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