9世紀のバグダードの学問と交易を題材にしたイメージ

西アジア

アッバース朝とバグダード ― 交易と学問が集まる都

750~900年頃(王朝は750~1258年)

750年、がウマイヤ朝に代わりました。
政治の中心は、シリアからさらに東のイラクへ移ります。
762年に建設されたは、新しい王朝の都として、交易と学問が集まる場所になりました。
ここでは主に8~9世紀を見ていきます。
[1]

ティグリス川のほとりに造る都

バグダードは、ティグリス川の近くに計画的に建設されました。
円形の都市として造られた中心部から、街は広がっていきます。
イラクはメソポタミアの一部で、古くから農業や都市が育った土地です。
新しい王朝は、その豊かな土地と交通を利用したのです。
[1][2]

東方とのつながりが強まる

王朝の成立を支えた人々には、以前のペルシアの領域の出身者も多くいました。
都が東へ移ると、宮廷でもペルシアの文化の影響が強まります。
陸の交易路とインド洋方面との往来は、物資だけでなく、人々の技術や知識も結びつけました。
[2]

古い知識を新しい言葉で読む

学者たちは、ギリシア語などで書かれた医学や哲学の文献を、アラビア語へ訳して研究しました。
ペルシアの政治や経済に関する書物も翻訳の対象になります。
翻訳は、別の言葉の内容を読むためだけの仕事ではありません。
知識を比較し、さらに考えを深める土台にもなりました。
[2]

都のにぎわいを伝える美術

9世紀には、サーマッラーにも都が置かれました。
そこに残る建築や装飾は、当時の王朝を知る重要な手がかりです。
陶器では金属のように輝くラスター彩が発達し、その技法は後に各地へ広がりました。
アッバース朝の歴史は、政治の交代とともに、物と知識の移動からも読むことができます。
[1]

出典・参考資料

  1. メトロポリタン美術館「The Art of the Abbasid Period (750–1258)」
  2. OpenStax「Islamization and Religious Rule under Islam」
一覧へ戻る