紀元前1250~1050年ごろ、現在の中国・河南省にある安陽は、商という王朝の都でした。
商は、殷とも呼ばれます。
安陽から見つかった文字、青銅器、王の墓は、商の王がどのように国を治め、祖先を祀ったかを伝えています。[1]
安陽には何があったか
安陽の都は、洹水という川の南側を中心に広がっていました。
王の宮殿や祭祀の施設だけでなく、道路、水路、住居、工房などがありました。
ここでは、多くの人が王のために働き、さまざまな品物を作っていました。
王の墓には青銅器や玉製品、馬車に関わる品々が納められ、王が多くの物資と人を動かせたことが分かります。[2]
骨や甲羅に残された文字
安陽では、動物の骨や亀の甲羅に刻まれた文字が見つかっています。
これがです。
王の祭祀や占いに関わる記録などが残され、後の漢字へつながる文字の仕組みを知ることができます。
青銅器にも文字が刻まれました。
一方、日常の記録に使われたと考えられる木や竹は残りにくく、今読める記録は王の活動に偏っています。[2]
青銅器を作り、祖先へ供える
青銅は、銅にすずや鉛などを混ぜた金属です。
安陽の大きな工房では、鋳型を使い、専門の職人たちが器を作りました。
こうした器には、祖先へ供える食べ物や酒を入れました。
王や有力者にとって、祖先を祀ることは、自分たちの家系と権威を確かめる重要な活動でした。
王の墓では、人が犠牲として埋められた跡も見つかっています。
立派な器や墓の背後には、王のために働かされた人や、命を奪われた人もいました。[2]
器の模様から分からないこと
青銅器には、動物の顔や不思議な生き物を思わせる模様が見られます。
ただし、今使われる模様の名前は後の時代に付けられたものもあり、商の人々が何と呼び、どんな意味を込めたかは分かりません。
安陽の出土品は、商の王の世界を具体的に伝える一方、そのすべてを説明できる資料ではないのです。[2]
出典・参考資料
- スミソニアン国立アジア美術館「Anyang: China’s Ancient City of Kings」(2023–2024年展覧会)
- スミソニアン国立アジア美術館・安陽展「Key Themes」
- スミソニアン国立アジア美術館「Oracle Bone in 3D」
