紀元前2600~1900年ごろ、現在のパキスタンやインド北西部では、大きな都市が栄えました。
これがの都市が発達した時期です。
文字はまだ解読されていませんが、街路や排水設備、商取引の道具から、人々の暮らしを知ることができます。[2]
計画的に造られた都市
代表的な遺跡には、ハラッパー、モヘンジョダロ、ドーラビーラがあります。
これらの都市では、道路、井戸、排水路、貯水施設などが造られました。
たとえば、排水設備は、家や街路で使った水を流す役割を持っていました。
水を確保し、使い終わった水を処理することが、多くの人が暮らす都市の生活を支えていたのです。[1]
重りや印章が伝える商取引
離れた都市からも、似た規格のれんがや重りが見つかっています。
重りは、品物の量を確かめる際に使われる道具です。
共通の規格は、異なる場所の人々が取引をする助けになりました。
小さな印章には、動物の姿と文字のような記号が彫られています。
との交易も行われ、インダスの品物は遠い地域へ運ばれました。
ただし、共通の道具があることだけで、すべての都市を一人の王が支配していたとは言えません。[1]
文字からはまだ読めないこと
印章などに残るインダス文字は、現在も解読されていません。
そのため、王の名前や法律、宗教の教えを、文字の記録から確かめることはできません。
動物をかたどった彫刻なども見つかっていますが、何のために使われたか不明なものがあります。
都市の設備について分かることと、政治や信仰についてまだ分からないことには、違いがあるのです。[1][2]
都市の暮らしが変わった背景
大きな都市が栄えた時期の終わりに、人々の暮らし方や集落の分布は変化しました。
その背景として、雨の量の変化が研究されています。
2023年の研究は、ヒマラヤの洞窟にある石の成分から、約4200~3970年前に夏と冬の干ばつが繰り返されたと報告しました。
農業を続けるには、乾燥に対応して作物や暮らしを変える必要がありました。
ただし、この研究だけで、すべての都市の変化を一つの原因にまとめることはできません。[3]
出典・参考資料
- Harappa.com「A Brief Introduction to the Ancient Indus Civilization」研究者・発掘プロジェクト資料を掲載する専門サイト
- メトロポリタン美術館・成熟ハラッパー期の羊形彫刻 所蔵資料
- Giescheほか「Recurring summer and winter droughts…」Communications Earth & Environment(2023)、Caltech公開要旨
