西ローマ帝国が終わったあとも、東側ではローマの皇帝が統治を続けていました。
その中心はです。
527年に即位したは、地中海の西側へ再び支配を広げようとしました。
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ローマを受け継ぐ東の帝国
は、のちの歴史ではとも呼ばれます。
けれども当時の人々は、自分たちをローマ人と考えていました。
皇帝の宮廷や都市の行政にはローマの伝統が残り、キリスト教が帝国を支える信仰になっていました。
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地中海の西側への遠征
ユスティニアヌスの軍は、北アフリカやイタリアなどへ進み、かつてローマが支配した地域の一部を取り戻しました。
首都を動かすのではなく、東の首都から海を越えて領土を結び直す試みでした。
ただし、この支配がそのまま続いたわけではありません。
6世紀後半には、イタリアでランゴバルド人の勢力が広がりました。
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大聖堂に表れた皇帝の力
532年、首都の暴動で大聖堂が焼けると、皇帝はの再建を命じました。
新しい聖堂は537年に完成します。
巨大なドームをもつ空間は、信仰の場であると同時に、都が再建されたことを示す建物でした。
今日のイスタンブールに残る聖堂からも、当時の建築技術を知ることができます。
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領土が変わっても続いた帝国
ユスティニアヌスの時代は、東ローマ帝国が地中海に広く勢力を伸ばした時期です。
その後、7世紀にはペルシアやアラブ勢力との戦いで領土が変わります。
帝国の歴史は、取り戻した土地の広さだけでなく、都と政治の仕組みを保ちながら変化に対応した歩みとしても読めます。
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