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MESOPOTAMIA
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用語集

国・人物・制度など、記事に登場する言葉を
短い説明で確かめられます。

過去は、冒険できる。MIMISTA

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60 件の用語

地域・年代は、用語が登場する記事の分類に基づきます。

用語一覧

アウグストゥス あうぐすとぅす
ローマの内戦を勝ち抜いたオクタウィアヌスが、紀元前27年に受けた称号。共和政の制度を残しながら、軍隊や公職の権限を集めて支配した。西暦14年に死去。
アッカド あっかど
古代メソポタミアの都市名で、その都市を拠点とした王朝も指します。紀元前24世紀頃、サルゴンとその後継者が複数の都市を支配しました。都市そのものの所在地は、まだ確認されていません。
アーリヤバタ あーりやばた
古代インドの数学者・天文学者です。499年に、計算や天文の知識をまとめた『アーリヤバティーヤ』を完成させました。
インダス文明 いんだすぶんめい
現在のパキスタンやインド北西部で発達した古代文明。紀元前2600~1900年ごろに大きな都市が栄え、街路や排水設備、共通の規格の重りなどが使われた。文字は未解読。
ヴァンダル人 ゔぁんだるじん
古代末期に移動し、5世紀に北アフリカへ王国を築いた人々です。439年にカルタゴを占領しました。
ヴィシュヌ神 ゔぃしゅぬしん
ヒンドゥー教の主要な神の一柱です。世界を保つ働きに関わる神とされ、グプタ朝の王たちも信仰しました。
ウル うる
メソポタミア南部にあった古代都市です。月の神ナンナへの信仰や豪華な墓で知られ、後にはウル第三王朝の中心となりました。ウルクとは別の都市です。
ウルク うるく
メソポタミア南部にあった古代都市です。紀元前3200年頃には大きな都市へ成長し、物資や配給を記す初期の粘土板が残されています。
ウル第三王朝 うるだいさんおうちょう
紀元前21世紀頃、都市ウルを中心にメソポタミアを治めた王朝です。ウル・ナンムによる神殿建築や、物資の移動を記した粘土板が残っています。
ウル・ナンム うるなんむ
ウル第三王朝を築いた王です。紀元前2100年頃、メソポタミア南部の都市を治め、ウルやウルクなどで神殿やジッグラトを建てました。
オドアケル おどあける
5世紀のイタリアで活動した軍人です。476年に皇帝ロムルス・アウグストゥルスを廃位し、イタリアを支配しました。
漢 かん
劉邦が建てた中国の王朝で、一般に紀元前206年~西暦220年とされます。劉邦が皇帝となったのは紀元前202年です。途中の中断を挟み、前漢と後漢に分かれます。
灌漑 かんがい
川などから水を引き、田畑へ届けることです。メソポタミア南部では、運河で水を引く農業が都市の暮らしを支えました。
魏 ぎ
220年に曹丕が建てた、三国時代の中国北部の国です。265年に司馬炎の晋へ交代しました。北魏とは別の王朝です。
楔形文字 くさびがたもじ
古代メソポタミアで発達した文字です。粘土板に葦などの筆記具を押し当て、くさびのような形の記号を記しました。シュメール語やアッカド語など、複数の言語を書くために使われました。
グプタ朝 ぐぷたちょう
4~6世紀に北インドを中心に勢力を持った王朝です。この時代には彫刻や数学・天文学の成果が多く残されました。
呉 ご
孫権が中国の長江中・下流域を基盤に治めた国です。孫権は229年に皇帝を称しました。280年に晋に滅ぼされました。
甲骨文字 こうこつもじ
動物の骨や亀の甲羅に刻まれた古代中国の文字。商の後期の都・安陽から多くが見つかり、王の占いや祭祀に関わる記録を伝える。後の漢字につながる文字体系。
孝文帝 こうぶんてい
471~499年に在位した北魏の皇帝です。中国の言語・服装・政治制度を取り入れる改革を進めました。
古王国 こおうこく
古代エジプトの第3~第6王朝に当たる時代。ジェセル王の階段ピラミッドや、ギザのクフ王たちのピラミッドが造られた。
コンスタンティヌス こんすたんてぃぬす
306~337年のローマ皇帝です。キリスト教の公認に関わり、330年にはコンスタンティノープルを新しい都として整えました。
コンスタンティノープル こんすたんてぃのーぷる
330年にコンスタンティヌスが整えた新しい都です。後に東ローマ帝国の中心となりました。現在のトルコのイスタンブールに当たります。
ゴート人 ごーとじん
古代末期にローマ帝国の周辺で活動した人々です。4世紀には一部の集団がローマ領へ移り、後に西ゴートや東ゴートの王国が生まれました。
サムドラグプタ さむどらぐぷた
4世紀のグプタ朝の王です。遠征によって王朝の影響力を広げました。弦楽器を奏でる姿を刻んだ金貨も残っています。
サルゴン さるごん
紀元前24世紀頃のアッカド王朝の王です。メソポタミア南部の都市を征服し、複数の都市をまとめて支配する王権を築きました。
三国志演義 さんごくしえんぎ
中国の三国時代を題材にした、後世の小説です。歴史書『三国志』とは異なり、人物や出来事に物語としての脚色が加えられています。
三国時代 さんごくじだい
漢の後に、魏・蜀・呉が争った中国の時代です。一般に220~280年を指し、晋による統一で終わります。
ジッグラト じっぐらと
古代メソポタミアの神殿に関わる、階段状の大きな台や塔です。ウルのジッグラトは、ウル・ナンムの神殿建築の一つとして知られています。
四帝統治 していとうち
二人の正帝と二人の副帝が、ローマ帝国の統治を分担する仕組みです。293年にディオクレティアヌスが整えました。
ジャイナ教 じゃいなきょう
古代インドで成立した宗教です。生き物を傷つけないことを重視し、仏教などとともにインドの宗教文化を形づくりました。
シュメール しゅめーる
メソポタミア南部の地域と、シュメール語を使った人々の文化を指す名前です。紀元前3千年紀の初期王朝時代には、ウルやウルクなどの都市国家が並び立っていました。
蜀 しょく
221年に劉備が成都を都として建てた国です。漢の後継を主張したため、蜀漢とも呼ばれます。263年に魏に滅ぼされました。
晋 しん
265年に司馬炎が建てた中国の王朝です。280年に呉を滅ぼして統一しました。北の西晋と、後に南で続いた東晋に分かれます。
隋 ずい
581年に楊堅が建てた中国の王朝です。589年に南の陳を滅ぼし、南北に分かれていた中国を統一しました。
石窟 せっくつ
岩山を掘って造る洞窟状の宗教施設です。中国の雲岡や龍門では、内部に仏像を彫り、祈りの場にしました。
鮮卑 せんぴ
古代の中国北方で活動した人々を指す名称です。その一族の拓跋氏が北魏を建てました。
曹操 そうそう
後漢末期に北方で勢力を広げた人物です。漢の皇帝を擁して政治を動かしました。魏を建てた曹丕の父です。
属州 ぞくしゅう
ローマが征服した地域などに設けた行政上の区分です。総督などが管理し、税や軍事に関わる仕事を担いました。
孫権 そんけん
中国の江南を基盤に呉を治めた人物です。229年に皇帝を称しました。魏・蜀と並ぶ勢力を築きました。
ディオクレティアヌス でぃおくれてぃあぬす
284~305年のローマ皇帝です。293年に四帝統治を整え、広い帝国の統治を分担させました。地方の行政も改革しました。
テルモポリウム てるもぽりうむ
古代ローマの都市で飲食物を売った店。ポンペイには、容器を埋め込んだ石造りのカウンターや、その装飾、食べ物の痕跡が残る。
唐 とう
618年に始まり、907年まで続いた中国の王朝です。隋の後を継ぎ、南北朝以来の制度や文化を受け継ぎました。
東晋 とうしん
西晋が北の支配を失った後、317年に中国南部で成立した王朝です。都は建康、現在の南京にありました。
都市国家 としこっか
一つの都市と周辺の土地を中心に成り立つ国です。古代メソポタミアでは、こうした国がそれぞれ支配者を持ち、互いに争うこともありました。
ナラム・シン ならむしん
アッカド王朝の王です。紀元前23世紀頃に支配を広げ、王朝は強大になりました。山地の人々への勝利を記念した石碑が残されています。
南北朝時代 なんぼくちょうじだい
中国で北と南に別々の王朝が並び立った5~6世紀の時代です。始まりの区切りには複数の考え方があり、589年の隋による統一で終わります。日本の南北朝とは別です。
西ローマ帝国 にしろーまていこく
ローマ帝国のうち、西側の皇帝が治めた領域を指します。イタリアなどを中心とし、476年のイタリアの皇帝廃位が終わりの代表的な節目とされます。
粘土板 ねんどばん
粘土を板状にし、記号や文字を記したものです。古代メソポタミアでは、物資の配給や取引などの記録に使われました。
東ローマ帝国 ひがしろーまていこく
コンスタンティノープルを中心に続いたローマ帝国です。西側の皇帝がいなくなった後も存続し、後世にはビザンツ帝国と呼ばれました。
ビザンツ帝国 びざんつていこく
東ローマ帝国を指す、後世の歴史家による呼び名です。当時の人々は自分たちをローマ人と考えていました。
フン人 ふんじん
4~5世紀にヨーロッパへ勢力を広げた人々です。その拡大が、ゴート人などの移動の一因になりました。
ヘレニズム時代 へれにずむじだい
アレクサンドロスの死後、後継者の王国が各地に成立した時代。ギリシア語や文化が広がる一方、各地の伝統とも関わり、交易・美術・学問が発達した。一般に紀元前323~31年を一つの区切りとする。
北魏 ほくぎ
386年に鮮卑の拓跋氏が建て、439年に中国北部を統一した王朝です。6世紀に東魏と西魏へ分裂しました。三国時代の魏とは別の国です。
ボスポラス海峡 ぼすぽらすかいきょう
黒海とマルマラ海を結ぶ海峡です。現在のイスタンブールを通り、ヨーロッパ側とアジア側の間に位置します。
ポリス ぽりす
古代ギリシアの都市国家。中心の都市と周囲の農地などを含み、それぞれ独立した政治を行った。アテナイやスパルタが代表的な例。
ミラノ勅令 みらのちょくれい
313年の信仰の自由を認めた政策を指す呼び名です。コンスタンティヌスとリキニウスの合意に基づき、キリスト教も公認されました。国教化とは別の段階です。
ムセイオン むせいおん
学者が集まって学問に取り組む機関。アレクサンドリアでは、プトレマイオス朝の支援を受け、図書館とともに資料の整理や研究の中心となった。現在の展示施設としての博物館とは役割が異なる。
メソポタミア めそぽたみあ
ティグリス川とユーフラテス川を中心とする地域の名前です。現在のイラクとその周辺に当たり、シュメールやアッカド、バビロニアなどの歴史が重なる場所です。
ラピスラズリ らぴすらずり
鮮やかな青色の石です。古代メソポタミアでは装飾品や器などに使われ、ウルの墓からも見つかっています。遠い地域から運ばれてきた材料の一つです。
劉備 りゅうび
三国時代の蜀漢を建てた人物です。漢の後継を主張し、221年に成都で皇帝を称しました。

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